手術が終わっても…!?

 小柄な父の体はますます小さくなって、体重が40キロを割ってしまいました。腰から足にかけて激しい痛みと痺れを訴えるようになり、歩くのが不自由に。夜も眠れません。「脊髄狭窄症」が悪化して重症の「椎間板ヘルニア」になってしまったのです。背中を丸めて座っている父の白髪頭が頼りなく感じられました。その父が、ついに手術を受ける決心をしました。77歳の挑戦です。
 
 手術の日は、母と弟夫婦と私の4人で病院に行きました。父は、しきりに母に「大丈夫だから」と、言っていました。父はわがままで頑固です。歩くのがままならなくなってからは、母にあれこれ指図しては、自分の思いが先走りイライラして、母にあたることもしばしばです。そんな父の神妙な顔をみて、手術室に入る前に足の裏をコチョコチョ!とくすぐってみました。青白い顔が一瞬ほころびました。

 手術は3時間程で終わると聞いていましたが、4時間たっても終わる気配はなく、5時間たったときには外は真っ暗に。病院も人影が少なくなり、急に不安がこみあげてきました。4人とも無口になりました。手術室の前に行っては、中のようすをうかがいました。このまま父に2度と会えなくなってしまったらどうしよう…。

 6時間たってようやく手術が終わり、父がでてきました。私は心臓が凍りつきそうになりました。麻酔がきれて覚醒している父は「痛い! 痛い!」と訴え、苦痛にゆがんだ顔をしていました。私は「お父さん、よくがんばったね! 偉かったよ!」と、声をかけるのがやっとでした。自分勝手で、思い通りにならないとすぐに怒る父とは時々ぶつかり合いケンカをしました。でも、生きるための闘いをしている父の姿を目の当たりにしたら、今までの思いが吹き飛んで、慈しむ気持ちでいっぱいになりました。

 手術から2日後、お見舞いに行きました。ひとまず落ち着いた父の顔を見て安心しました。帰り際に父の足の上あたりに大きな抱き枕が置いてあるのに気がつきました。

 「抱き枕、ここに置いたままでいいの?」と、私が言うと、弱々しかった声が一変して、「そんなところに置いたらダメだよ! まったくお母さんは!」と、母をにらみつけました。もちろん、母が置いたわけではありません。私は、その言い方にムッとしました。背骨は治っても、性格までは直っていなかった!

 一瞬でも、父のわがままは許せると思ってしまった私は浅はかでした。ともあれ、いつもの憎たらしい口が利けるようになったのは、回復に向かっている証拠で喜ばしいことだとは思うのですが…。

掲載:「月刊公民館」(全国公民館連合館)2004年2月号