気になる人

どこの講演会場にも、ひとりかふたり気になる人がいるものです。皆が笑っているときに笑わなかったり、ずっとうつむいたままだったりすると、話がおもしろくないのかな、気に障ることを言ったかしら…などと思いをめぐらせてしまいます。

東北のある都市で「自分らしく輝いて」というテーマで講演したときのことです。終わって控え室に戻ると、関係者がひとりの女性を伴ってやってきました。

その女性を見て、私は内心「え?」と思いました。気になる人だったのです。私が話している間、ほとんど顔をあげなかったからです。じっとうつむいていましたが、眠っているようではありませんでした。つまらないのかどうか、表情をうかがい知ることはできませんでした。

「ああ、ステージから見て、左端の列の中程に座っていた方ですね。」
私の言葉に、一瞬驚いて顔をあげました。白髪交じりの60半ばくらいの方でした。伏目がちなその人は、何度も「すみません」と言いながら、話し始めました。

30年ほど前からうつ病にかかり、夫に離婚され、ふたりの子どもと引き離されてしまったこと。死ぬことばかり考えていて、外に出るのも、人と話すことも億劫になってしまったこと。きょうは、なんとなく来てしまったことなどを語りました。

「でも、来て良かったと思います。なぜなら、きょう、生きる目的が見つかったからです。息子たちに会いたい! そう思いながらも、叶うはずがないと諦めていました。何度電話しても、切られてしまうのです。でも、『世界にたったひとりしかいない自分を大切に』という言葉をきいて、私は必ず元気になって、息子と孫たちに会いに行こうって思いました。」

そのことを聞いて、私は「ありがとう」と言いたくなりました。このままだったら、私の話をつまらなそうに聞いていた人がいたと、気にしながら帰るところでした。帰らずに最後まで聞いてくださり、更には勇気を出して私に自分の思いを伝えに来てくださったことに感謝しました。

長い間抱えてきた苦しみは、私には計りしれないほど深いものだと思いますが、その方の背中を少しでも押してあげることができたことは、私にとっても嬉しいことでした。

死んでしまったら会えなくなる。生きていれば、会える。いつか必ず思いが通じて息子さんたちに会える日が来るから、希望の糸を明日に紡ぎながら目的に向かってがんばって欲しいと、伝えました。

その方は、果たして息子さんたちに会えたのかしら。今はそのことが気になります。

掲載:「月刊公民館」(全国公民館連合館)2006年3月号