世の中に絶えて花粉のなかりせば……

 あれは20代の駆け出しのアナウンサーの頃でした。静岡県の山奥に番組の取材に行った翌日、猛烈に目が痒くて飛び起きました。あまりの痒みに、私は両目をクュッギュンと音がするくらいにこすりました。体の芯から「あ〜気持ちいい」という快感がこみあげてきました。ところが、その痒みは津波のように次々に襲ってきます。ただ事ではない! 鏡を見ると、両目が真っ赤になって腫れぼったくなっています。「きょうも番組があるのに、どうしよう!?」これが、私の花粉症勃発の瞬間でした。

 以来、日差しが明るくなったなぁと感じる2月上旬頃から、毎年律儀に花粉症にかかります。最近では、秋にも目が痒く、くしゃみが出るようになってしまいました。

 息子が3歳の時のこと。深夜、私の隣で寝息を立てている息子のようすがおかしいことに気がつきました。"血のにおい"がしたのです。真っ暗ななか、手探りで息子の顔から頭にかけてさわると、髪がべっとりと張り付いています。厭な感触! 眠りの底から一気に浮上するように起き上がり、壁伝いに明かりのスイッチをつけようとしました。「大変なことが起きている!」と思うと、手が震えてなかなかスイッチがみつかりません。血まみれの手で壁に模様を描きながら、やっとの思いでスイッチを押した次の瞬間、私は大声をだして隣の部屋の夫を起こしました。小さな息子の鼻から、ドクッ、ドクッと血の塊が吹き出し、ベッドが血の海になっていたのです。枕はもちろん、布団まで一面真っ赤でした。私は何が起きたのかわからず、泣きだしました。私の腕が息子の鼻に当たって鼻血が出たのかと、一瞬思いました。息子は泣くでもなく、血だらけの手でしきりに鼻をこすりながら眠っています。お湯でしぼったタオルで拭きながら必死で止血しました。"怖い病気だったらどうしよう"という不安な声を打ち消しながら。

 翌日、息子を病院に連れて行くと、「花粉症ですね」。これが息子と花粉症との劇的な出会いでした。以来、私ほど症状は重くありませんが、毎年鼻をズルズルさせています。

 今年も、庭の豊後梅のつぼみがふくらみ始めた頃から目が痒くなりました。大好きな桜の花も近頃では花粉が気になります。いっせいに花が咲き競う春は、最も憂鬱な季節になってしまいました。ヒノキの花粉が収まる5月下旬頃まで闘いは続きます。

"世の中に 絶えて花粉のなかりせば 春の心はのどけからまし"

 おしゃれしたくなるこの季節、サングラスに大きなマスク、つるつる素材のコートに帽子は、いかにも怪しい。それでも花粉は怖いから、今しばらくは怪しい人で……。

掲載:「月刊公民館」(全国公民館連合館)2006年5月号