書き初めの思い出

 あけまして、おめでとうございます。皆さま、どのような新年をお迎えになりましたか?

 知り合いのお宅では、挨拶にやって来る子ども達一家と書き初めをするのが恒例だときいて、びっくり! お孫さんたちも一緒に全員で書き初めをするそうです。それぞれの力作を掲げて披露する写真も見せてくださいました。照れ笑いする子もいれば、誇らしげにニッコリしている子もいます。楽しそうなお正月のひとコマです。

 私は書き初めが嫌いです。嫌いになってしまった、と言った方がいいかもしれません。小学生になると同時に、私は書道教室に通わされました。2年生のお正月にいただいた課題は「上手な字」でした。自分の背丈より大きな半紙に太筆で書くのです。上野で開かれる展覧会に出品すると聞き、父は張り切りました。我流でしたが達筆だったので、父は、私と弟のお習字の先生でした。父からOKが出るまで和室にこもりっきりで書きました。私の作品は入賞し、家族で上野に観に行きました。それこそ誇らしげに作品の横に立って写真を撮ってもらったことを覚えています。皆に褒められたので嬉しくなって、しばらくはお習字が好きでした。

 中学生になると、バレーボールに夢中になり、書道熱はすっかり冷めてしまい、教室もやめました。書き初めも面倒になりました。でも、学校の課題があったので、父に叱られながらしぶしぶ書きました。何度もダメ出しをされ、そのたびに気持ちが萎えて、字に勢いがなくなるのを感じました。お正月なのに、のんびりできないことを父にぶつけ、反抗的な態度で臨みました。中学3年生の時の課題は「美しい日本」でしたが、張り出された自分の字を見て後悔しました。気持ちはそのまま字に表れることを学びました。

 両親が他界し、弟と押入れの片づけをしていたら、半紙の束が出てきました。私や弟が書いたものを大事にしまったおいてくれたのでした。字が下手だと思っていた弟の書き初めがでてきました。大きな作品で、なかなか上手でした。これには弟も嬉しそうでした。父の大作もありました。「赤い富士」と太筆で勢いよく書かれています。きれいに表装してありますが、所々茶色くなっていました。もっと素直に父の言うことを聞いていればよかったな……。そんな思いがチクリと胸を刺します。書き初めをしている時、ストーブの上のやかんがシューシュー鳴っていたことや、墨の薫りが思い出されました。新しい年に願いを込めて、書き初めをしてみたくなりました。

掲載:「月刊公民館」(全国公民館連合館)2016年1月号